INTERVIEW

INTERVIEW 01:MASAHO ANOTANI

これまで国内外で様々な展覧会への参加や、アパレルブランドへのアートワーク提供などの活躍を続けてきた安野谷昌穂。CENTERでは数年にわたり、安野谷の個展の開催だけでなく、香川県高松市で「庵治石」を用いたコースターと関連したZINEの制作、アートを用いたマーチャンダイズの展開、さらに札幌でのPOP UP展示サポートなど、さまざまな形で交流を続けてきました。個展『GOODRUG』のタイミングで改めてこれまでの活動を振り返り、制作を始めたきっかけや原動力となってきたもの、そしてこれからの展望など作家の“今”をインタビューしました。

ー作家活動はどれくらいになりますか?

最初の個展をやった年が2014年なんで12年前ですね。大学でも「自分は作家だ」とは思っていたけど、でもそれでお金を稼いだり展覧会をしたりとかはなかったので、学校を卒業して東京に来て、最初の個展をやったタイミングです。大学に入る前から作家として活動することは決めていたし、どんな気持ちと志で挑むかっていうのはかなり自分でも考えましたし、親とも話しました。大学という一つの社会に入ってできることを120%して、制作しまくって、で、卒業したときからもう作家スタート、っていうビジョンでしたね。

ー学生時代はバンドやスケートボードの経験があったといいますが、それは活動の一部だったんですか?

そうですね、制作と生活ってそんなにパキッと分けられない、というか。今だと土を触って野菜を育てたり、料理を作ったり、そういったことも制作の一部というか、インスピレーションですよね。アトリエにいくら籠っていてもできないものはできないし、やっぱり感覚的・インスピレーションを得ていかないとダメで。得るというか、広げるというか、自分のインスピレーションを解放していくというか。そういう作業の中に、音楽をやるとか、スケートやるとかがあったんですよ。

ー話がやや戻りますが、作家になろうと思っていたことについて、いつ頃から意識していましたか?きっかけは?

覚えている中では、小学校の卒業の時にはそういった芸術系のことを書いていたはずです。単純に楽しいから絵とか工作とかは、ずっと小さい頃からしていました。家で出たゴミを使って、ただそこにあるものを使うだけ。1日に出たゴミを「材料置いといて」と言って、それをハサミで切ってくっつけて、みたいな。特に絵描きになりたいと思ったことはなくて、漠然と「何か自分の表現をしていきたい」「自分の言いたいことを言っていきたい」と。その形が、今はたまたまこういう形なんですけど、全然スケートのままスケーターになっていたかもしれないし、バンドマンで行ってたかもしれない。

ー小さい頃から表現することが好きだったとのことですが、影響されたものや原点となるものはありますか?

家でいっぱい工作していたこと以外で言うなら、「自然」です。自然に身を任せて過ごしていると、そこは無限のクリエイションの世界で、常に生まれていって、死んでいって、っていう変化、創造のエネルギーで満ちていて。それにはかなり影響を受けました。釣りも好きなんですけど、別に魚を釣って食べることが目的じゃなくて、釣れなくてもいいんですよ、糸を垂らしている時間に楽しみがあって。メディテーションみたいな感じなんですけど、水面を見て、自然の波動を見て、そこに自分がコンタクトして、水の下の世界を想像して…とか。とにかく生きているもののクリエイションに興味があります。命の瞬きというか、生まれて死んでいくサイクル。そのとてつもないエネルギーを、僕は「美」と見て、そういう世界を自分からも発信していきたいと思っています。

ーその自然からのインプットを含め、今の安野谷さんの生活環境は、アートと私生活が密接に絡み合ってるように思えますが、そんな中でライフワークとしている過ごし方にはどんなことがありますか?

太陽を浴びることです(笑)。朝は自分の体とマインドを起こすために、短い時間ですけど自分なりのヨガルーティーンを決めてて、それを毎朝やって呼吸と体をONにしています。あと、好きなのはやっぱ散歩ですね。田舎にいようが街にいようが、散歩めちゃくちゃするんですよ。散歩で体を動かすと、呼吸が歩くのに合わせてリズムになっていって、禅にも近くなっていってクリアになっていく。色々だるかったところとかが整理整頓されていって、視界とか気持ちがクリアになります。一番好きなのは、山の中を裸足で散歩するのが最高です。

ーそういった過ごし方の中で、実際に作品を作るときのモチベーションはどういったところにあるのでしょうか?10年以上続けている原動力のようなものを教えてください。

自分が本心で納得するものを作れたり、アウトプットできたり、という時って幸せなんですけど、そこには絶対どんな作品も行けると思っていて。すぐ行けるかどうかはそれぞれなんですけど、行けるって信じてるから、作る。あとは、自分のケアのために制作をしています。頭で色々考えたりしてもどうしようもないことや、言葉にできない嫌なものとかを、僕の場合は作品に表現していく過程で理解を深めていくっていう。自分をケアする一つの方法ですね。

ーその自分自身のケアでもある制作につながるものとして、『GOODRUG』の作品群について聞かせてください。

GOODRUGは、僕がステイしていたメルボルンのフィッツロイというところで制作していました。そこはまぁ栄えていて、ご飯もおいしいし、服屋もあるし、飲み屋もいっぱいあるし、クラブとかもあるし若者も多い。オーストラリア全体的になんですけど食事とかのレベルも高くて、ほぼ全ての食材がオーガニックだとか、調味料も良い。そういう健康的なレベルが高いのと、カルチャー・音楽も深いんです。

でもそこに滞在していると、昼間とは違う一面が見えてきて。夜はパブとかが盛り上がってたり、ストリートがちょっと暗くなったりするんですけど、物乞いの人とかも出てくるんですよ。日本で言うホームレスとは違って、その時間になるとただ、お金をくれって出てくる人たちが結構いるんです。友達に聞くと、彼らにはヤク中が多いと。元々そのエリアは大昔にマフィアとかギャングが仕切っていて、いろんなカルチャーにドラッグカルチャーが発展しているようなところで、中毒になっちゃってお金もなにも全部ドラッグを買うためになっている人もいる。そういう中毒者の更生に向けた国の動きもあるんですけど、そういったケアも全部ドラッグの方に流れてしまって良くならない、という現状を見て、なんか複雑っていうか、裏表激しいなって思ったんですけど、そんなところで生活してました。

GOODRUGは、現地で大きい作品をいっぱい描いたりしている合間の息抜きに、道で拾った雑誌とかを切ってちょこっとやってみる、っていう遊びの延長ではありました。現地にはヘッドショップっていう、吸引する道具とかが売ってる店があって、半分観光みたいなところだったりもするんですけど、そこで色々面白い柄のパケを見て僕も一つだけ選んで買ってみようと思って。お土産にでもしようかと思ったんですけど、でも「このパケ何かできないかな?」と思って、小さいコラージュ入れていったら、「面白い、自分のドラッグができた!」と。ドラッグでBADになっている人たちを目の当たりにしているから、その真逆を作りたいー幸せになる・元気になるようなドラッグって何だろう、と思って。で、単純にそういうテーマを決めて、ただただ気が向いたら作りまくる、というのをやっていて、気づいたら120点くらいになっていました。

ーメルボルンの人たちは、GOODRUGを目にしていたんですか?現地で発表したかったものですよね。

メルボルンで発表する予定だったんですよ、アート作品として。でもそれもコロナで全部なくなっちゃって。一部の僕の友達しか見ていないです。ただ、もうヤク中の人に見てもらう、ってだけでは小さいと思ってきていて。“お笑いの薬”というか、日本でもいっぱいヤク中だけじゃなくてアル中とか、気が病んでいる人とか、そういう人たちが笑えるものだったらいいな、と思ってます。

ーどんなところを見て欲しいとかはありますか?日本人にしかわからないようなワードもありますよね(笑)

組み合わせだったり、“言葉”が入っていたりもするので、それを読んでもらうと、ちょっとギャグじゃないですけどダジャレというか、そういうのが混じっていたりして。893とか(笑)。FUNKY Kとかも、ケタミンっていうドラッグがあって、それをファンキーにして…とか。あと、全然考えずに、HERBAL MEDICINE 100% RECYCLE AWAKEとか。意味がわからないけど、ケミカルっぽいのにナチュラル促してるみたいな、コラージュです。スーパーお笑いポジティブの塊が、ドラッグのパケに入っているっていう「陰と陽の塊」みたいなものです。深く考えずにぱっと瞬間的に見て感じて欲しい。即効性なんで、この薬は。

ー本展に合わせて本を作りましたが、去年『DEMO Future Book』を『STEIDL ‒ WERK No. 23: MASAHO ANOTANI “DEFORMED”』から10年ぶりに作るなど、本作りには執着心のようなものもあるように思えますが?

やっぱ手で触れる紙のものってこだわりがありますね、画像のままだとエイジングしないというか。エイジングするものには、愛着とか思い入れとか魂が宿っていくと思っていて。八百万の話じゃないですけど、JPEG画像にはどうも八百万が宿るとはあんまり思ってなくて(笑)。まぁこっちも肉体なんで、手で触ってそれを感覚的に感じていく。一回物質を通して感覚世界に訴えかけるというか、そのルートは大切だと思っています。内容も、完全に絵が収められた図録のようなものではなくて、自分のリズムでペラペラ捲っていく時の全体性で「面白いな・楽しいな」って思う仕掛け、にこだわっていて、ビジュアルブックと呼んでますね。

『STEIDL ‒ WERK No. 23: MASAHO ANOTANI “DEFORMED”』もすごいボリュームですが、10年前のブックを見た時の気持ちはどうですか?

すごいなぁって思いますね(笑)。10代後半〜20代前半とか、主に学生時代の作品なんですが、自分で見てもいいなぁって思います。自分が今やれって言われても同じことはできない。延長線にはいるんですけど、これをやることはできないから当時の自分を尊敬します、この人のおかげで今があるので。あと、これを見て思うのは、描いたやつが売れるかどうかとかはそんなことはどうでもよくて、「そこに自分がちゃんとあるのかないのか」の方が大切ってことです。絵を描いてて「これはどこで発表していくらで売れる」とかそんなことを考えてると、いろんな意味で小さい作品になっていって、10年後に尊敬できなくなると思っています。

ー展示の在廊時に行う“ドローイングセッション”はいつから、なぜ、始めましたか?

きっかけは「何かちょっと描いてよ」とか、「自分の服に描いてよ」と言われたことから始まってるんですけど。描いて欲しいって言われたら、「何描いて欲しい?」とか聞くじゃないですか、自分がわーっと描くんじゃなくて。その人の服だし「何か好きなもの描いてあげようかな」とかから始まってて。そうしたらその人の個性が出てきて、描いて欲しいものとか言われても自分の知らない言葉がでてきたりもするし、セッションする楽しみっていうのが出てきたんですよね。セッションすると、一方通行の僕の作品ではなくて、その方と僕がタッグを組んでできる世界、新しいものになるっていうのが僕としても得るものがあるな、と思ってます。ギブばっかりじゃなくてギブアンドテイクっていうか。そういうセッションを、これからもいろんな形にしてできたらいいなって思うんですけどね。

ー子供とか高齢の方も参加できますか?その場合、完成品は結構普段と違いがありますか?

やりますやります。できるものはやっぱり全然違いますよ、こういうのが好きとか、具体的な好きなものとか。自分が一人でやっていることもセッションみたいなものなんですけどね、自分が自分に投げかけて、帰ってきたものを描いて、また投げかけて。そういうやりとりの重ね、レイヤーみたいな。あとは絵のセッションをきっかけに、そういう初対面の人と話すの面白いな、と思って。基本的にひきこもり、制作するときってひきこもるじゃないですか。1日下手したら喋らないときとか、危ないなって時あって。自分とばっかり喋ってて、おかしくなるんですよ。東京で一人暮らしのときも、制作してなんやかんやで今日一言も喋ってない、危ないな、と思って、スーパーのレジのおばちゃんにも「ありがとう」とか会話しようと試みたりしていました。声を発さない会話っていうのも、自分自身や自然、環境に対しては常にしているんですけど、声帯を震わせるタイプは、ちゃんとたまに人間とやらないといけないなと思ってます(笑)。

ー今後チャレンジしてみたい、こういうもの作ってみたい、こういうことをやりたいといった展望はありますか?

昔から、自分が縁もゆかりもない人が生活しているところに僕の作品があったら楽しいな、っていうのはずっと思ってて。パブリックに置けたり展示したりできる何かができればと。グラフィティとかもある意味パブリックなんですけど、消されちゃうじゃないですか。そうじゃなくて、ハチ公みたいに「あの絵の横で待ってるよ」とか「子供の時にお母さんとあそこ通ったなぁ」とか、そういうのになればって思いますけどね。展示に来てくれる人とか僕のことを何も知らないけど、僕のことを知れるきっかけがないかなぁっていうのもあります。

ー安野谷さん自身が子供の時に触れた、いまだに忘れられないものはありますか?

有名どころで言うとやっぱり「太陽の塔」ですよね。岡本太郎を知らなくても、あの前に行くとテンションが上がって元気になるというか、活力の源みたいな。壁画とかでも良いのかもしれないんですけど、目から色々入ってくるもの。で、愛があるものが良いですね、暴力的なものとか批判的なものとか、エログロナンセンスみたいなものはやりたくない。愛と言っても、愛だの恋だのみたいな意味ではなくて、ただそこにあるだけ、みたいなものを作りたい。あとは、日本人以外のコレクターが増えたら面白いなって思って海外の展覧会でも発表したいと思っています。

ーでは、目下の目標としては何がありますか?

作り続けることですね。難しいことをやるより、作り続けることが、今日も明日もやれたら、それが一番いいですね。僕はもう作る人なので、仕事を持ってきたり、海外で何かやったりっていうのも誰かが持ってきてくれると思っているから、僕はその準備をします。最高の作品を作って、自分はその準備をします。それが目標ですかね。

MASAHO ANOTANI 『GOODRUG』

DATE:
2026年2月6日(金)- 2月21日(土)
13:00 – 20:00/入場無料
※日曜休廊


VENUE:
CENTER(東京都中央区八丁堀2-21-12)
Instagram:@center_edo

▼CENTER ONLINE GALLERYでも作品とアートブック『GOODRUG』を販売しています。

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